自分が ”嫌な人” にならない方法

 2つ前のブログで、『身体が記憶している ”嫌な人”の対処法』という記事を出しました。今回は、自分が「誰かの過去のトラウマを呼び起こすような人(嫌な人)」にならないために、どんなことを意識すべきかについて考えてみます。

トラウマの多くは、幼いとき


 幼い頃は、その場から立ち去ること自体が、ほとんど不可能に近いものでした。限られた空間で『大事に扱われていない』と感じたとき、自分で言い返すなり、周りが守ってくれるなりして解決がついていればよいのですが、我慢しただけで過ぎるとつらい気持ちと同時に「何もできなかった」という無力感が記憶に刻まれます。

大人になって起こること


 1日が終わってから、「あのとき、言い返せばよかった」…という後悔を繰り返しがちです。そして、「今度同じことがあったら、どう言い返そうか」と考えているうちに、その相手に会うことがストレスになり、胃が痛くなったり、外に出たくなくなったりします。

相手を追い詰めているのは何なのか


 穏やかで優しい口調でも、相手を追い詰めることができます。それは「要求」です。要求の答えは2つしかありません。「はい、いいえ」。瞬時に二択を迫られます。

 相手にも現在集中していることがあり、優先順位があります。それに割り込んで二択を迫ると、優しい笑顔と口調でも、相手を追い詰めることになります。

(即答を迫らず、選択を曖昧にすると相手は少し楽になります)

答えは『論語』にあった


『克己復礼(こっきふくれい)』 孔子
 
克己:己に克つこと
復礼:礼に復すること

⇒ 「自分の欲望に打ち勝ち、礼儀を重んじることこそが、真の思いやりの心、人間としての理想的なあり方である」という教えです。

 自分が発しようとしている言葉は、季節のあいさつか? 世間話か? 情報共有か? 相談事か? それとも自分の利益を得るための欲求か?…立ち止まり考えるのです。

 渋沢栄一さんは、この教えをこう言い換えました。
己れに克つて礼に復るといふ事も、つまりは争ひである。
私利私慾と争ひ、善を以て悪に勝たなければ、人は決して礼に復り、人の人たる道を履んで行けるやうになれぬものである。

⇒ 私利私欲と争うこと、それこそが人としての礼の始まりである。

まとめ

 ”嫌な人”にならないためにできることは、自分の欲を抑え、相手に礼を尽くすことです。

 今から発する言葉は、「自分の利益のために、欲しようとしていないか」ということを自問しながら人と接する。それが人に対して礼儀を重んじることになり、そういう人は「相手のトラウマを呼び起こしようがない」、いわゆる ”嫌な人” になりようがないのです。

この記事を書いた人

東谷ひとみ 公認心理師

PIAS麻布コレクティブ 所属 

カウンセリング 平日 50分 4000円〜  土日祝 50分 5000円〜 (2025.3.8現在)

50分を自分のために使い、そのとき頭に浮かぶことを自由に話してみてください。

【新規受付に関するお知らせ】
8/12〜 ご予約可能です。

ご検討のほどよろしくお願いいたします。

詳しくは『自己紹介』をご覧ください。

タイトルとURLをコピーしました