癖による弊害
いつも難しい事を考えています(「あれは何だったのか」とか「生まれつきのものはどこまで変えられるのか」など)。
ですのでどうしても眉間にシワを寄せて朝の散歩をしています。
そうなると、空の青さや、苗が育っている畑をみる余裕がないので、だんだん頭の中がストレスモードになってきます。
おそらくこれ(疑問に思ったことを考え続けること)は気質なので、これ込みで幸せを感じるスキルを身につけていく必要があります。
散歩中に何が起こっているのか
思考:どうして◯◯なのだろうか。それは変わらないことなのだろうか。そうすると可能であることが限られてくる。解決の中間点はどこなのだろうか。そもそも存在するのだろうか、それはどこまで期待できるのか。
現実:靴を履いて、日傘を差し、無人野菜販売に行くと閉まっていて、大回りをしてコンビニに行き、ライ麦ロールパンを持ってレジに行くも、持ってきたはずのレジ袋が見当たらずポケットをさぐる。諦めて「レジ袋を買います」と言うと、別の店員さんが駆けつけて、三角に折りたたんだレジ袋を片手に「落としませんせんでしたか?」と声をかけてくれる。「それです、すみません、ありがとうございます」と言い店をでる。
帰宅し、たまごを溶きレンジにかける。別皿にベーコンをのせてレンジにかける。トマトをスライスして、買ってきたライ麦パンにすべてを挟んでケチャップとマヨネーズをかける。
大きなカップにコーヒーを半分淹れて、牛乳を注ぐ。
そしてため息をつく。「生きてる間にもっとはっきりしてくるのかなぁ」
答え
思考優位で過ごしているので脳が疲れ、生きている実感が乏しくなる。
そして無駄に時間が過ぎたように感じて「何をやってるんだ」「何もやれてない」などの自責の念に苛まれる。
それでも、朝日を浴びて、買いたい物を手に入れ、お店の人に優しくしてもらい、朝食を作り、好物のカフェオレを飲んだ。
「問題はたくさんあるが、これで案外幸せだ」

良い日曜をお過ごしください

