嫌悪感はどこから来るのか
何気ない出来事の中で、相手に対して激しい嫌悪感を抱いてしまうことがあります。
必要以上に距離を詰められたときや、一方的な欲求を押し付けられたときに不快感を覚えるのは、ごく自然な反応です。
けれど、胸が苦しくなるほどの不快感がある場合、それは過去のどこかの記憶と重なっているのかもしれません。
誰の問題なのか
──と、他人事のように書いていますが、まさに今、私自身がその「不快感」を抱えて歩いておりました。
おそらく、自分の中に原因があるのでしょう。本当は考えたくないけれど……そう思った瞬間に、ふと、以前自分が書いた言葉を思い出しました。
「考えたくないことがある方、お話をお伺いします。」
やはり、答えは自分の中にあったのか…。
振り返ってみたこと
・現在の不快感のきっかけ
・それによって生じた感情と身体感覚
・相手が放つ空気感や雰囲気
これらを、自分の過去の記憶と照らし合わせてみたとき、ある一人の人物が浮かびました。
「嫌な人」だと思いたくない気持ち
「あのときの窮屈さ。人権がないように感じたあの時間。無言で向けられた視線──。」
そうか、今の不快感は、あのとき感じた感情が甦っていたのか。
「考えたくない」というのは大きなサインです。
当時の粗末な扱いを思い出したくないという気持ちもありますが、今回の場合はそれだけではありません。
その「嫌な過去」のあとにも、楽しい時間や、助けられたこと、互いに幸せを願う思いが現在にあるからこそ、「嫌な人だった」とは思いたくない。だから、考えたくないのです。
気づいたことと、選べる対応
「考えたくないこと」に向き合ったことで、不快感の原因に気づくことができました。
そうなると現在の嫌な人は、「巨大なモンスター」ではなく、ただの「私を大切に扱ってくれない人」に過ぎないのです。
言い換えれば、「無礼な人」というだけなのです。
それに気づくと、取るべき対応はとてもシンプルです。
対処法は意外とシンプル
職場の相手:業務が滞りなく終わればそれで良い。
プライベートの相手:距離を取る。
それだけで、十分なのです。
「考えたくないこと(無意識)」を「考えて良いこと(意識)」に変えていく
過去の苦しみに気づかずにいると、「考えない方がいいこと」の部分が増え、やがて「考えて良いことと悪いこと」の区別がつかなくなります。
その結果、感情は鈍り、現実感を失い、無力感と孤独に苛まれることになります。
それは、たった1人現れた「不快な人」を、どうすることもできないから起こるのです。
”嫌な人” は、恵みである
過去の苦しみと切り離されることで、目の前の「無礼な人」にも、家族があり、知らない良い面があり、
もしかしたらこの先、一緒に美しい景色を見ることがあるかもしれないし、地震などの天災を、共に乗り越えることもあるかもしれない。
次回、また似たような相手に出会い、胸が苦しくなるような窮屈さを感じたとき、もう悩む必要はありません。
「これは、あのときの苦しさだよ」
と、腑に落ちるからです。──ということは、生きやすくなるための問題を差し出してくれた相手に、きっと感謝したほうが良いのです。
「ありがとう」…
劇的な回復とは言えなくても、心の荷物が一つでも降ろせたなら、その分、目の前の鮮やかな景色を掴むことができます。せっかく生まれてきて、生きている生々しい時間を体験しているのです。季節の匂いを肺に入れ、交差点で通り過ぎるだけの人にも、ご縁を感じられる瞬間が存在するかも知れません。
答えは、あなたの中にあります。
「考えたくないこと」を、話しに来てください。
この記事を書いた人
東谷ひとみ 公認心理師
PIAS麻布コレクティブ 所属
カウンセリング 平日 50分 4000円〜 土日祝 50分 5000円〜 (2025.3.8現在)
50分を自分のために使い、そのとき頭に浮かぶことを自由に話してみてください。
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